2024-01-01から1年間の記事一覧
武蔵横手から東吾野に移動する。 こちらの駅近にも鉄橋があり、通過する4000系を河原から見上げることが出来る。 足元の川の流れはまさに清流だ、脇の澱みの揺らめきに写り込む4000系。 下流にもうひとつ鉄橋があるよと、ご案内いただく。鬱蒼とした…
西武秩父線はこれまで乗ってばかりで沿線を歩いたことは無かった。そんな折り、途中下車さんにご案内いただく機会を得た。 武蔵横手から東吾野方に歩く。冬の陽射しは高度が低く、山間を行く線路は日蔭になってしまっていたが、駅近くの鉄橋には暖かな日が差…
11月の声を聞き空気が澄んで来たようだ。晴天となった日、澄み渡る青空に誘われて多摩川の河川敷を散歩。 鉄橋のこちら側は、数年前の洪水で河川敷の様相が一変して以来の久しぶり。所々に見えるススキの穂に誘われてカメラを構えてみた。 一面のススキ・…
10月に続いてこの日もカシオペアが甲府へと中央線を走った。午後の2時過ぎとあって、晴れればサイドが潰れる光線下だが、前回に続いての曇天だった。 手前のススキがほんの少し季節感を出してくれた。 展望車のお客さんはきっと優雅な時を過ごされている…
コロナ禍の頃までの青梅線米タンの牽引機は、65PFが主で210が代走に入るイメージだったが、その後は逆転してしまいカメラを向けることも少なくなっていた。 10月になっても残暑の日々が続いたことしの秋、線路脇に小さな秋がやって来たのに合わせる…
立川北駅の先のモノレール高架下、サンサンロードにイルミネーションが行われていると聞いて出かけた。 日没後のブルーモーメントに電球が映える。 アッパーデッキの入口からもモノレールを望むことが出来た。 ロードを散策する人々も暖かな明かりを満喫して…
130周年ということだけれども、駅などに特段の飾り付けなどは見られない。 良く見ると駅名標にクモハ40と201系の顔をあしらったシールが貼られていた。 それと同じ図案のHMを掲げた電車が入って来た。この11月1日からT40編成に取り付けられて…
その後、品川駅高輪口の様子はどうなのだろうか、京急の高架工事はどうなのだろうかと、高輪への所用のついでにちょっと様子を見て来た。 品川駅南側の乗換通路から京急線を望む。京急の高架線は既に見えなくなっており、その上部には巨大なトラスが見える。…
ツアー途中で弘前市内に宿泊した。中央弘前駅が近くにあると判ったので夕食後にひとりでテツ散歩する。 ホテルから5分ほど、19時台というのにひっそりとした駅前に辿り着いた。 一文字ずつの行燈式駅名標。オレンジ色に黒文字が引き立つ。 改札口からホー…
8月に東北夏祭りを鑑賞したばかりだけれど、今度は東北の紅葉を鑑賞するツアーに参加した。 行程の途中、五能線に30分ほど区間乗車することになった。一般客との混乗だがツアー客もほぼ座席を確保する中、自分はひとり先頭カブリツキへ行く。 乗車したの…
基本的には東北線を北へと向かうことが多いカシオペア紀行だけれど、ごく稀に中央線を下ることがある。今回数年ぶりに多摩川を渡る、しかも日中時間帯ということでイソイソと出かけた。 いつものとおり立川市側の河川敷で待ち受けた。ところがそれまでの薄日…
ここを通過する度に、古レールの支柱が美しい上屋だなと思っていた下諏訪に初めて降りた。 本屋側上りホームは優雅なカーブを描く「Y字」が整然と並んでいる。 都内では意識しない「中央東線」の名称だが、信州のこの辺りでは「中央西線」との区別が必要なの…
それは昨年夏のこと、塩尻への途中何気なく眺めていた車窓に「2459列車」と書かれた標識が一瞬飛び込んで来たのだった。 2459レと言えば何度かカメラを向けた記憶がある列車だ。以来「あれは何なのか停目なのか。何で今なお残っているのか」と、ずっ…
飯田線伊那松島駅から徒歩10分ほどの、箕輪町郷土博物館敷地内に保存されているED19の1号機を訪ねて来た。昨年夏に訪れたものの、博物館の改修工事中で見学出来なかった同機である。 道路から敷地への階段を上がると、端正な姿の同機が柔らかな光線に…
中央線から飯田線への乗り換えで岡谷に降り立った。 毎度のことながら岡谷と言えばこの琺瑯だ。 上りホーム中ほどのコレ、上屋が改修工事中にもかかわらず未だ健在なのが嬉しい。 上諏訪発の豊橋行きが入線して来た。その入線するホームにも琺瑯があれば良か…
孫を連れての二子玉川に所用があり、時間繋ぎに宮崎台の「電車とバスの博物館」にちょこっと寄ってみた。 この博物館がまだ高津駅高架下にあった頃、息子を連れて行って以来の30年ぶり。 ぺこちゃん200形が迎えてくれた。 ぺこちゃん自体に遭遇したこと…
【1979/2/18】 朝、散歩がてら鷲羽山展望台に登り、瀬戸内の多島美を眺める。足元にある瀬戸内海を渡る大橋の完成予想図を見ながら、目の前の風景の数年後の変貌を想像。 展望台から鷲羽山駅への途中、山肌を進む下電をスナップ。 隣の琴海駅寄りに行ってみ…
【1979/2/17】 高松運転所を辞して高松駅に戻る。高松に来たからには琴電にも顔を出さねばと思い、築港駅から瓦町に行ってみた。 120形が到着しホームが賑わう。 すぐさま平木行きで折り返す。 二つ扉の1032は元名鉄3700。いかにもの前面は名鉄時…
【1979/2/17】 高松駅に戻ると急に天気が回復してきたので、高松運転所を訪ねてみることにした。当直助役室を訪ねると、たいそう珍しがってくれてヘルメット着用での見学を許可下さった。 DF50 9 DF50 41 小ぶりのスノウプロウ装備 エアフィルタ…
【1979/2/17】 朝を迎えれば、通勤通学列車が高松へ向けて続々と上って来る中、特急や急行も動き出すオンパレードタイムの到来だ。それらを狙うべく多度津から折り返し、鬼無で下車したのは7時過ぎ。 1D 「しおかぜ1号」 日の出と共に宇和島行きキハ18…
【1979/2/17】 3度目の高松、今回も新幹線と新大阪からの急行「鷲羽」と宇高連絡船を乗り継いでの未明の高松入り。連絡船3便で着くと、4:07発の松山行121レが既に入線していた。 牽引機はDF50572。次位には真新しいマニ50。 121レの発…
新京成シロートの自分が持つそのイメージは、「京成のお古の電車が走っていた」「前面2枚窓の電車でクリーム色の車体に茶色の帯」というだけ。 今回、そのクリーム色と茶色の帯が復活したというので、是非見てみたいと繰り出したのが線路沿い歩きのそもそも…
2025年春の京成電鉄への吸収合併で社名消滅という新京成線。地域的に馴染もなくシロートの自分は、先月初めて乗り通したばかり。 走る電車の具体的な形式も未だ知らないので、そこで今回は沿線を歩きながらスナップしてみようと八柱駅に降り、常盤平のほ…
宇都宮の駅東公園にて保存会の皆さまの手により静態保存されている、EF57の7号機が一般公開されると聞いて出かけて来た。 普段は柵越しでしか眺めることが出来ないけれど、間近に寄ってのスナップは迫力十分。 敷地内がきれいに整備されたほか、ナンバ…
創業〇周年、開店〇周年等々おめでたい限り。 鉄道の開業〇周年も同様なのだが、110年、135年となると「そんなに刻まなくても」と思ったりもする。だって、イベント自体もそれほど盛り上がっているようでもないし・・・。と。そんなことを思っていたら…
駅舎の入るこのビルは何だろうと降りてみた。 アーチ状に並んだアルファベットと緑色の漢字で書かれた駅名がなんともお洒落。1階は店舗でその上はマンションのように見えるが、薄茶の落ち着いた色合いは病院や介護施設のような佇まいに思えた。 歩を進めて…
終点の大雄山に来てみると急な雨模様。 三角屋根の駅舎は昔のままだった。駅舎脇には「市登録有形文化財」の碑が立っている。 以前は、この駅舎前から道了尊行きのバスが出ていたと記憶していたが、少し離れた場所にターミナルが出来ていて、そこから発車し…
久しぶりに大雄山線に乗り五百羅漢駅に降りた。この駅に降りるのは初めてと思う。というのも「アレ」を見つけたよと、途中下車さんに教えられてのこと。 駅の近くには、その名の通りの五百羅漢寺がある。 これまで何度か乗っている大雄山線だが、未だにコレ…
自分にとって馴染みの薄い新京成線、今回乗ったのも2度目の話。前回乗ったのは1979年3月のことだ。 1979年3月9日 北総開発鉄道が小室~北初富間で開業し、北初富から新京成線を経て松戸まで乗り入れを開始した。 その様子を見てみようと松戸から新京成車に…
大型スーパー(本年9月末閉店)が駅ビルになっている新津田沼駅。堂々たる構えだ。 松戸方面行きホームに「0キロ」ポストが鎮座していた。ということは、この駅が起点で松戸方、京成津田沼方へと路線が延びているということか。 新津田沼~京成津田沼間は…