線路端のブログⅡ

高架化されても、高いフェンスに遮られても、やっぱり線路端が好き・・・。

追浜駅に古レール上屋

京急線に乗って金沢八景を出ると横須賀市に入り、最初の駅は追浜。 普段は快特に乗って通過してしまうことが多いけれど、珍しく普通列車に乗ってみたら、ホーム上屋に古レールが使われていることに気付いて即下車です。 明るいグレーに塗られており柔らかな…

国鉄特急色 ”風” を三拝

参拝ならぬ三拝ですが、文字とおり三度拝むことが出来ました。 八王子発の列車ではありますが、前夜は豊田で泊となっており、当日朝に回送されます。 その回送がちょっと面白く、豊田から一旦日野に上って折り返し八王子に向かう形になっていました。 回9526…

臨時特急 八王子発勝田行

6月のある日、駅のチラシでこんなものを見ました。 「特急 夏休み大洗ひたちなか」号運転 運転日 2022年7月23(土)・24(日)・30(土)・31(日) 八王子から中央線~武蔵野線~常磐線経由の勝田行きとなっています。 チラシに添えられた車両の写真には、やは…

雨が降って来ました。 帰り道の電車では運よくカブリツキに座れたので前方注視。 風情を感じます。 古老もまだまだ元気です。 (2022/7/16)

江ノ電

江ノ電は今年開業120周年とのこと。 僅か10km足らずの小さな鉄道にもかかわらず、長命を保ってくれることが嬉しい。 鉄道趣味誌を読み始めた頃の「全国私鉄巡り」的な記事に「・・・モータリゼーションでの乗客減少で、廃止が検討されている・・・」…

幕車

ふらっと小田急線に乗り藤沢へ。 隣のホームには「幕車」が停まっていた。 小田急車両のことは門外漢。やれ廃車が始まったとか、未更新車がどうとか・・・。 たまたま見かけたこの車両、バックライトで幕の文字を浮かび上がらせる手法は昔ながらです。 そこ…

流す、流す、流す。

時代の流れと同時に「歳のせい」(笑)で、撮りたい、ワクワクする車両も見い出せず。せめて画面に変化を付けてみようと思った。 信州色の211が来た、国鉄時代の最後の生き残りとか。自分の中で「これは115の幻影だ」と無理矢理言い聞かせる。 EF21…

検測車E491系

すっかり画一化されてしまった鉄道シーン、車両形式や列車のバリエーションに目を奪われることも無くなりました。 日常に少しでも差異を求めるとなると、こんなモノにもカメラを向けざるを得ません・・・。 白い車体に赤のラインを引く検測車E491系です…

’75年 西への旅 ー8-

【1975/2/27】 最終日は関西本線に初乗車し名古屋から東海道線をひたすら乗り継いで帰宅するコースとなっている。 乗車する鶴ケ丘は阪和線であり、手元の周遊券の経路外にあるので天王寺までの切符を求める必要があった。窓口氏に「天王寺1枚」と告げるにあ…

’75年 西への旅 ー7-

【1975/2/26】 残念無念、なんとも悔しい朝を迎えた。 「音戸1号」は途中の倉敷で車両(機関車)故障とのアナウンスで発車が大幅に遅れたのだった。大阪に着いたのは所定5:11のところを6:08と約1時間遅れであった。急ぎあの列車を求めて2番線に向…

’75年 西への旅 ー6-

【1975/2/25】 朝、YHを出て錦帯橋を渡ろうとすると入口のところで料金を請求された。「えっ、きのうはそんなこと無く只で渡って来たのに・・・」、どうやら日中は料金を徴収する時間帯のようなのだが、朝から少々イラっと来た。 広島駅では9時から午前中一…

’75年 西への旅 ー5-

【1975/2/24】 この日で北九州での滞在を終え、山陽線の名撮影地である光-下松間を訪ねることとした。 戸畑から急行「玄海1号」に乗り込む。同じ乗るならと今や非営業となってしまったサハシを選んだ。ビュッフェ車の椅子に腰かけての山陽路の車窓は優雅な…

’75年 西への旅 ー4-

【1975/2/23】 朝から快晴、絶好の撮影日和となった。 まずは八幡駅で確認するとダイヤ乱れは続いているようで、下り寝台列車群は3~4時間の遅れとあった。 八幡のカーブに出向くと、とっくに通過しているはずの「きりしま」がやって来た。その後も次々と…

’75年 西への旅 ー3-

【1975/2/22】 朝、目が覚めたら一面の雪景色。10cmほどの積雪となっていた。前夜のTVニュースでは関東以西の大雪を報じていて首都圏ではかなりの積雪と言っており、一方の福岡は曇りと報じていたのだが・・・。 駅名とは裏腹にモノトーンの朝になった…

’75年 西への旅 ー2-

前夜乗り込んだ、岡山発博多行き「月光2号」の発車時の車内放送と、翌朝の博多到着前の放送をお聞きください。深夜帯の発車のためかそっけない案内がちょっと残念。 さあ、いよいよ九州入りです。 【1975/2/21】 朝6時半に博多着。とても寒く冷たい風が容…

’75年 西への旅 ー1-

昭和50年3月のダイヤ改正(所謂ゴーマルサン改正)で新幹線が博多まで開業し、それとともに山陽-九州間の特急・急行が廃止となるので、その姿を見納めするのを第1目的とし、併せて地域の私鉄も見ておこうと西へと向かった。ただ、大阪から先は自分にと…

ロクゴの2101

東京の西にある支線の駅を、ひっそりと単機で通過するロクゴの2101。 かつての晴れがましい衣装を纏ったままの姿が嬉しくもあり、反面それゆえに地味な仕事に勤しむ姿がサラリーマン人生の悲哀に見えたりもする。 (2022/6/15 東中神) 若き日は東京~下…

門型鉄塔

所用で鶴見に出掛けた日、時間繋ぎに鶴見線をちょっと散歩。 大昔に見た鉄塔の情景を訪ねた。 天を衝くかのような送電線鉄塔。その形態から門型鉄塔と呼ばれるそうな。 初めて見たのはここ鶴見線、子どもの頃は架線柱が送電線を兼ねているのかと思っていた。…

タチアオイ

気が付けばこんな季節になったのだなと・・・。 一句 「立葵 米タンの行く 線路端」 (お粗末さま) (2022/6/7 中神-東中神)

また 四季島

この日も暇つぶし列車(笑)を出迎えに多摩川橋梁へ。 しかしながら曇天なので、変化球を投げることにしましまた。 およそ鉄道車両とは思えない形状の窓が並んでいますが、唯一乗務員室の四角い窓が取り残されている感あり。 黒い扉は異空間へのメインゲート。…

四季島

四季島が中央線を上って来るというので、いそいそと多摩川橋梁へ出かけた。 中央線を下る姿は何度か見て来たけれど、上って来るのは珍しいと思った。 (2022/5/22 日野-立川) 土手に三脚を立てて構える御同業は数名。 確かに熱を入れて撮る車両ではないし、…

三菱ドック踏切

この踏切の存在を知ったのは今年になってから。 横浜のこの場所に「三菱ドック」の名が残っていたことに感動です。 横浜~桜木町間の高架線の下、ここは高島単線というのですね。 踏切の脇にはこんな案内板があります。 曰く、この踏切の先には横浜船渠会社…

ロクイチ

初めて会ったのは中1の冬、「あっ、茶色い機関車だ!」と思った。 2度目に会ったのは大学1年の冬、その茶色い機関車が寝台急行を牽いて来た時。 「ふーん、茶色い機関車でも牽くことがあるんだ。」と思った。 茶色い機関車が牽く寝台急行として印象に残っ…

’74年北海道の旅 ー13-

【1974/9/18】 函館から青函連絡船12便に乗り早朝に青森着。 後続の便はと言えば、いわゆるゴールデンコースである。札幌を20時頃発ち連絡船は2便で青森着4時30分。4時50分発の「はつかり」に乗れば上野着13時台というもの。 そのスジに乗って来…

’74年北海道の旅 ー12-

【1974/9/17】 中山峠からバスで札幌駅前に戻る。自分はこの日の夕方に札幌を発ち帰京する予定。 それまでの時間は市内見物でもしようかと考えていた。 前日までは時刻表を首っ引きの計画を立てて行動して来たが、市内観光となると勝手が違う。あやふやな知…

’74年北海道の旅 ー11-

【1974/9/16】 早朝、岩見沢着。 前夜「それじゃ、明日朝に岩見沢のホームで」と言って別れた仲間は、待てどもオロハネ10から姿を現さなかった。 栗丘へ移動のため乗った列車は朝日を受けて進む。車窓からの景色を眺めていると、この列車の機関車と客車の…

’74年北海道の旅 ー10-

【1974/9/15】 前日乗った321レは機関車とともに南稚内に引き上げて泊となる運用だった。 翌朝、稚内へ機関車逆向きで回送され324レとなるので、それを眺めようと南稚内へ出向くと、偶然にも仲間の一人と一緒になった。 稚内への回送はホームに据えら…

’74年北海道の旅 ー9-

【1974/9/14】 紋別から興部の間で撮影できそうな場所が無いのは分かっていたので上興部まで移動した。山に囲まれた静かな駅だった。上下の貨物列車がそれぞれ長時間停車しながら交換するダイヤになっていたので、駅構内の上下側を行ったり来たりと歩き回っ…

’74年北海道の旅 ー8-

【1974/9/13】 急行「大雪5号」は網走行きだが、北見からは機関車を交換してC58牽引の普通列車となることで有名だった。それ故に北見発車を撮りたくて乗り込んだのであり、北見で降りたのだった。 発車まで約30分の時間があったので、駅を出て広い構内…

’74年北海道の旅 ー7-

【1974/9/12】 この日は朝から夕方まで塩狩で過ごす。前夜ここのYHを選んだのはもちろん、朝の322レ狙いだった。 朝飯前に和寒側の駅構内はずれで待つ、一面に霧が立ち込める中を蒸機機関車の吐息とヘッドライトが迫る。ファインダーでもナンバーを読み…