小倉跨線橋からの撤収後、近くの尻手短絡線を歩いてみた。その存在は以前から知っていたものの、これまで足を向けたことは無かった。

江ヶ崎踏切
左は本線、新鶴見(信)から分岐した最初の踏切となる。

二ケ領(にかりょう)踏切
「二ケ領」と聞くと「ニケ領用水」を思い浮かべる。帰宅後に調べてみると、踏切を渡るこの道こそが元「二ケ領用水路」とのこと。二ケ領用水と言えば登戸あたりの多摩川取水口周辺を思い浮かべるが、江戸時代初頭には完成をみて川崎市中南部へと引水されていたことを知る。
因みに二ケ領とは「稲毛領」と「川崎領」を差し、稲毛領は南武線の駅で言えば登戸から鹿島田あたりの範囲、川崎領は鹿島田から浜川崎や塩浜と京急大師線方面、そして鶴見線沿線という、多摩川と鶴見川にはさまれた広範囲の土地であったことを知った。(参考:「鶴見ところどころ」230新聞社 1997/7刊)



矢向第3、第4、第5と続く
おや、第1や第2は無いのかと気になる。このあと南武線側を歩いた際に矢向第一、矢向第二と漢数字標記のものを目にした。漢数字とアラビア数字の使い分けには理由があるのだろうか。

最厳寺踏切
小さな花をつけた雑草にちょっとほっとする思い。

ここは人道の踏切。小さなSカーブとなっており、向こうは先ほどの矢向第5。
ところで周辺には最「厳」寺なる寺院は無く、その一方で由緒ある最「現」寺が存在するということで、ネット上にもその不思議についてのレポートが散見される。


次の日枝踏切で南武線と並んだ。南武線との共用となるためか「尻手短絡線」の標記が無い。

自分の後を追ってきたかのように新鶴見(信)からのEF210牽引の貨物が通過して行く。
僅か1kmちょっとの区間に7箇所の踏切のある短絡線は、このまま直進し尻手駅を過ぎたところで浜川崎支線に合流するが、尻手駅ホームの脇では上下列車の交換可能となっており、ホームに立つと南武線上下、浜川崎支線、短絡線上下の5本の線路が見渡せる。

新鶴見に向かう列車(左)が停車する中、浜川崎へ向かう列車が進入して来た。一見すると複線区間での列車離合のようにも見えた。
(尻手駅ホームにて 2025/4/10)
(特記以外 2025/2/17)