線路端のブログⅡ

高架化されても、高いフェンスに遮られても、やっぱり線路端が好き・・・。

2026-03-01から1ヶ月間の記事一覧

1972年11月 都電廃止の日 -1-

【1972/11/11】 この日を以て城東地区の都電5つの系統が廃止されると聞き、出掛けていた。当日は土曜日、いつもの通学カバンをショルダーバックに変え、カメラを偲ばせて学校へ行き、放課後都内へと直行したような記憶がある。 廃止となる系統 23系統 福神…

朝日差す多摩川橋梁@2026冬 -4-

珍しく東京に雪が降った翌朝、河川敷一面の雪景色を思い描き出向いた。しかし、「そうは問屋が卸さなかった。」ものの、背景の奥多摩の山々がうっすらとした雪景色になってくれていた。これまでずっと何かもの足りない山々の風景だったので、そのお化粧は嬉…

朝日差す多摩川橋梁@2026冬 -3-

これまで河川敷と川岸にポジションがあるのは知っていたが、川全体を眺める角度は無いものかと探すと、日野市と立川市に跨る道路橋(立日橋)から遠望出来た。側面一杯に受けた朝日が川面をキラキラと照り付ける様は見事だった。 (2025/12/23) 立日橋へ日…

朝日差す多摩川橋梁@2026冬 -2-

先日来の川岸のポジションに立つと、西の空の奥多摩の山々の上に満月が残っていた。そう言えば、前夜は「スノームーン」だとネットニュースで見た気がする。 鉄橋に向けたアングルのなんと真正面だ。徐々に高度を下げて行くのが判る。そんな中の6:35頃、い…

朝日差す多摩川橋梁@2026冬 -1-

シルエットの撮影は上流側から東の空にカメラを向けてのことだったが、順光となる下流側から奥多摩の山々に向けてカメラを向けてみたいと考えた。朝日ギラリとこの時期特有の川霧に期待してのことでもあった。 上流側の川岸にポジションを得た。まだ日の出に…

夜明けの多摩川橋梁@2026冬 -3-

1月下旬、やっとE353系の前に太陽が位置するようになった。同じ時刻、太陽がちらりと顔を出していた日から2週間後のことだ。 グリーン車の乗客も、窓の外をさぞや眩しく思っていることだろう。 (2026/1/28)

夜明けの多摩川橋梁@2026冬 -2-

東の空のグラデーションが消え、空全体がオレンジ色の染まると、いよいよ日の出時刻となる。ガーターの下と広い河川敷の先の僅かな空間に、太陽が顔を出し始めた。 1月半ば、E353系が通過する時刻と日の出時刻とが一致した。季節が少しずつ移ろい行くことが…

夜明けの多摩川橋梁@2026冬 -1-

早朝6時過ぎの中央線多摩川河川敷。冬のこの時期はまだ暗く、早朝ランニングや犬の散歩と思しき人と行き交うも、お顔の判別は出来ないほど。 東の空のオレンジ色が徐々に増して来る。ISO感度とシャッタースピードを徐々に調整しながら、過行く列車のシルエ…

高尾に梅を探しに

高尾駅から旧甲州街道を進み、小仏峠の手前あたりの通称「裏高尾」と呼ばれる地域のこの時期は、梅の香りに包まれる散歩コースだ。中央線電車との撮り合わせを狙ったこともある。そこよりはずっと高尾寄りの、京王線の線路端で梅の撮り合わせは出来ないもの…

1972.8.5@上野駅

【1972/8/5】 高校2年の夏休み、上野駅に出掛けていた。当日の記憶は最早薄れてしまっているが、写真と当時の時刻表とを照らして見てみると、約2時間ほどウロウロしていたようだ。 新潟から到着した702M「佐渡1号」 6番線ホームは次発列車を待つ乗客で溢…

1972.7.14@秋葉原

【1972/7/14】 房総東線(蘇我-安房鴨川)電化完成と、総武快速線の運行開始は1972年7月15日。そのダイヤ改正により房総に初の特急列車が誕生し、房総半島を循環する急行列車が誕生した。併せて房総東線を外房線、房総西線を内房線と改称。 その改正により…

多摩モノレール@冬、夜明けの頃 -2-

この時刻、東の空は一面のオレンジ色になるはずだった。しかしこの朝、頭上には厚い雲が広がり、僅かに東の空の下方だけがオレンジ色に。それが却ってドラマチックな絵となった。あの道路橋の照明塔の明かりがキラキラと水面に映っていた。 別の日、一面の薄…

多摩モノレール@冬、夜明けの頃 -1-

多摩都市モノレールは、JR中央線と並行するように多摩川を渡る。2026年冬の夜明けの頃、その道路橋の袂でカメラを向けてみた。 6時過ぎ、あたりはまだ暗い。林立する照明塔に惹かれてカメラを向けてみた。 数日後、同じ時刻の同じ場所に立つ。空の明るさが…