その時、東海道本線を日中時間帯に西に向かう、急行「桜島・高千穂」に乗っていました。それは、来るダイヤ改正で消える本列車へのお名残乗車でもありました。
どうせ乗るなら、乗っていなければ出来ないことをと無い知恵を振り絞り、列車最後尾デッキからのスナップをと考えたのがこれ。
(1975/2/20 天竜川橋梁)
ご存じのとおり、当時の客車のデッキは左右の出入り口には扉があるものの、連結部は素通しで仕切りガラスなど無くスナップには最適です。
色々考えてスナップは、トラス橋が連なる天竜川上としたものの、いざデッキに立ってみると高速運転のために激しく揺れるし、連結部の開放感が逆に怖くて、足を踏ん張り客室との仕切り扉に背中を押し付けて1枚だけスナップ。
やはり体が揺られたためか、カメラ位置がぶれてシンメトリーの絵にはなっていません。結局は「企画倒れ」と相成りました。(笑)
こんなことも思い出のひとつです。