線路端のブログⅡ

高架化されても、高いフェンスに遮られても、やっぱり線路端が好き・・・。

’78東北私鉄巡り旅 -6-

【1978/9/16】

 陸前高田から8時過ぎの一ノ関行に乗り込む。編成にキハ26の400番台が2両組み込まれていたので、当然のように乗り込む。一ノ関までは小刻みなカーブが連続するためか、山間地は勿論平地でも速度が上がらず、のろのろと2時間以上要した。ルートとしても大回りする区間があるようだ。

 一ノ関から東北本線で石越に向かう。今回の旅では初めての電車急行455系だ、その走りは俊足だった。車両の性能と線路の状況は、ローカル私鉄と国鉄幹線の自力の差を見せつけられた思いがした。

 国鉄石越駅の向かいに栗原電鉄の石越駅があった。

 石越からは栗原電鉄に乗り込む。2枚窓で両運転台のM153だった。スタイルもその乗り心地も穏やかな感じがした。車内の蛍光灯カバーがアルミ格子だったのが目を惹いた。

 石越から2つ目の若柳に車庫があり下車する。

 構内は意外に寂しく電車が2両(内1両は元西武というか旧国電17m車)と、ナロー時代から改軌された電気機関車が3両だけだった。

 クハ16そのもの。

 狭軌時代の車体のためか幾分細身に見える電機。黒部峡谷の電機にも似ている?

 

 若柳での滞在を終え、再び石越に戻り急行「もりおか2号」で小牛田に向かう。小牛田から石巻線石巻へ、石巻石巻線仙石線の2つの駅舎が別々にあった。

 これは石巻線

 「石巻」の駅名よりも「仙石線のりば」を強調しているところが元私鉄感が滲み出ている。

 石巻局に寄り風景印を取る。

 

 仙石線の電車は一見すると黄緑色の103系ATC装備高運転台タイプだが、足回りは73形のアコモ改造車であった。停まっている時は山手線の車内と何ら変わりはないが、いざ動き出すと床下から、あの「ん、ガー~」のツリ掛け音と振動が響き渡って来た。そんな目と耳の違和感を楽しみながら、宿のある野蒜で下車。