線路端のブログⅡ

高架化されても、高いフェンスに遮られても、やっぱり線路端が好き・・・。

99年1月(6)

 高尾臨を撮った八高線多摩川橋梁ですが、当時はこんな列車が走っていました。

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(99/1/17)

 ウグイス色の103系懐かしいですね。ただ、この103系はいわくつきでした。73形で運用されていた仙石線において、足回りはそのままに車体を103系同等に載せ替えてサービス改善を図ったのち、首都圏から正真正銘の103系を転入を受け、体質改善を図りました。

 余ってしまった103系もどきを、川越線の電化用にと足回りを103系化させて3000番台として投入したのがこれでした。

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(99/1/23)

 当時はこんなセメント貨物もありました。

 奇岩が並ぶ鉄橋下ですが、砂の塊のようなものが川の流れの浸食を受けて様々な形を見せていました。昭和30年代にはここで鯨のほぼ全身の化石が発見され、のちにアキシマクジラと命名されています。

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(99/1/23 東中神−西立川)

 一方、青梅線に目を転じますと、今や注目の的の米タンはロクヨン1000が黒いタキ3000を牽いていました。

 今では運転日になると5〜6人は必ず集まるこの場所ですが、当時はまず誰も来ませんでした。