線路端のブログⅡ

高架化されても、高いフェンスに遮られても、やっぱり線路端が好き・・・。

’78冬の水上 -貨物列車-

-「横川から津久田への日」から続く-

 津久田から一旦帰宅した翌日、スキー臨のスナップを目的に再び上越線に乗り、水上に出向いた。水上へはその翌週の日曜日にも出向くという熱の入れようだった。

 

 あの頃の上越線は特急「とき」や急行「佐渡」「よねやま」などのスター役者に隠れて、茶色のEF15が黙々と貨物列車の牽引にあたっていた。それでも自分の地元や都心で見るEF15とは別人のような精悍な顔つきのカッコ良さがあり魅力的だった。

 汽笛カバー、ツララ切、デフロスタ、スノウプロウと面構えの魅力度アップのアイテムが揃う。(1978/2/12)

1793レ(1978/2/12)

 正面扉をうっすらと雪化粧した下り列車が到着。上越線は渋川を過ぎたあたりから雪雲が見え始め、沼田あたりから空模様が変わって来ると、後閑、上牧と過ぎた頃から雪景色が始まる。きっとそんな中を走って来たのだろうと下界の様子が見て取れた。

1793レ(1978/2/19)

 EF15の初期グループには奥羽本線福米間の電化完成に伴う牽引機関車としてEF16に改造され、のちに福米間から引退後にEF15に再改造され(番号も元に戻った)上越線に転じたものがあり、このEF152はその内の1両。EF16時代の前照灯と正面扉にも装備されたツララ切がそのまま残っており、一層イカツイ面構えとなっている。

2763レ(1978/2/19)

 EF1620を前補機にして水上を発車、機関区に佇む僚機に見送られて長編成の貨物を従えて、いざ上越国境に挑む。水上には機関区が置かれ上越国境越えの助っ人としてEF16が配備されていた。貨物列車や旅客列車の先頭に立つ姿に魅了されたものだが、一定の換算両数以上の場合の補機だったようで、全ての電機牽引列車ではなかった。

1791レ(1978/2/12)

 水上を発車すると大きな鉄橋を渡る。さらに小さなトンネルを越えると、川の渓谷に沿ってぐいぐいと湯檜曽に向かって勾配を登り山間に分け入って行く。

 EF1612は福米間用に改造されたEF15の内でも、福米間引退後にはEF15の上越線仕様に合わせつつもEF16のまま長岡に転じ、そののち水上に異動してきた仲間の1両。

-つづく-