京急大師線の産業道路駅が来年にも駅名改称されるとのこと、他にも仲木戸や花月園前、逗子の計4駅ですが、馴染の駅名が消えてしまうことに一抹の寂しさがあります。 そんな中、すっかり忘れていたのですが産業道路駅の地下化が迫ってきていました。大師線というと、本線を追われた車両の最後の活躍場所のようなところがあって、そんな彼らの姿を川崎や港町などでスナップしてきたものの、産業道路や小島新田に足を延ばすことはありませんでした。
(1977/11/6 小島新田−産業道路)
沿線は工場や住宅が密集していて、僅かに緑が見えたのはこのあたりだけだったように思います。手前の下り線は3線となっていて、川崎大師駅隣の味の素工場から塩浜へ結んでいました。
(1977/11/6 産業道路)
結局このあたりで撮れる場所はこの踏切くらい。この日は休日だったのか、交通量が少ないですね。
でもって、あれから42年後、踏切を見下ろす歩道橋に再び立ってみました。
(2019/2/21)
走る電車が変わっただけで風景に変わりがありませんが、そこに立つ自分は白髪の爺さんになってしまいました。(笑)