線路端のブログⅡ

高架化されても、高いフェンスに遮られても、やっぱり線路端が好き・・・。

2022-08-01から1ヶ月間の記事一覧

検測車E491系

すっかり画一化されてしまった鉄道シーン、車両形式や列車のバリエーションに目を奪われることも無くなりました。 日常に少しでも差異を求めるとなると、こんなモノにもカメラを向けざるを得ません・・・。 白い車体に赤のラインを引く検測車E491系です…

’75年 西への旅 ー8-

【1975/2/27】 最終日は関西本線に初乗車し名古屋から東海道線をひたすら乗り継いで帰宅するコースとなっている。 乗車する鶴ケ丘は阪和線であり、手元の周遊券の経路外にあるので天王寺までの切符を求める必要があった。窓口氏に「天王寺1枚」と告げるにあ…

’75年 西への旅 ー7-

【1975/2/26】 残念無念、なんとも悔しい朝を迎えた。 「音戸1号」は途中の倉敷で車両(機関車)故障とのアナウンスで発車が大幅に遅れたのだった。大阪に着いたのは所定5:11のところを6:08と約1時間遅れであった。急ぎあの列車を求めて2番線に向…

’75年 西への旅 ー6-

【1975/2/25】 朝、YHを出て錦帯橋を渡ろうとすると入口のところで料金を請求された。「えっ、きのうはそんなこと無く只で渡って来たのに・・・」、どうやら日中は料金を徴収する時間帯のようなのだが、朝から少々イラっと来た。 広島駅では9時から午前中一…

’75年 西への旅 ー5-

【1975/2/24】 この日で北九州での滞在を終え、山陽線の名撮影地である光-下松間を訪ねることとした。 戸畑から急行「玄海1号」に乗り込む。同じ乗るならと今や非営業となってしまったサハシを選んだ。ビュッフェ車の椅子に腰かけての山陽路の車窓は優雅な…

’75年 西への旅 ー4-

【1975/2/23】 朝から快晴、絶好の撮影日和となった。 まずは八幡駅で確認するとダイヤ乱れは続いているようで、下り寝台列車群は3~4時間の遅れとあった。 八幡のカーブに出向くと、とっくに通過しているはずの「きりしま」がやって来た。その後も次々と…

’75年 西への旅 ー3-

【1975/2/22】 朝、目が覚めたら一面の雪景色。10cmほどの積雪となっていた。前夜のTVニュースでは関東以西の大雪を報じていて首都圏ではかなりの積雪と言っており、一方の福岡は曇りと報じていたのだが・・・。 駅名とは裏腹にモノトーンの朝になった…

’75年 西への旅 ー2-

前夜乗り込んだ、岡山発博多行き「月光2号」の発車時の車内放送と、翌朝の博多到着前の放送をお聞きください。深夜帯の発車のためかそっけない案内がちょっと残念。 さあ、いよいよ九州入りです。 【1975/2/21】 朝6時半に博多着。とても寒く冷たい風が容…

’75年 西への旅 ー1-

昭和50年3月のダイヤ改正(所謂ゴーマルサン改正)で新幹線が博多まで開業し、それとともに山陽-九州間の特急・急行が廃止となるので、その姿を見納めするのを第1目的とし、併せて地域の私鉄も見ておこうと西へと向かった。ただ、大阪から先は自分にと…