線路端のブログⅡ

高架化されても、高いフェンスに遮られても、やっぱり線路端が好き・・・。

北陸6つの列車旅 ー番外編2ー

 旅の最終日の氷見線乗車から城端線への乗り継ぎに際し、50分ほどの時間があったので高岡駅前へ出て万葉線電車をスナップ。

 高岡駅に到着しようとする電車を後追いすると、フレームに銅像が入り込んだ。

 何度か訪れたことのある高岡だが、この銅像には初めて気づいた。帰宅後に調べてみると・・・、なるほどそういうことかと合点。

銅像大伴家持万葉集歌人=高岡の地に国守として赴任=高岡の歌を詠む=高岡を万葉のふる里と=それに因んで鉄道新会社名を「万葉線」。なお、銅像についても高岡銅器製とか。

6つの列車旅を終え富山駅へ。駅高架下には地鉄市内線が直角に交わっている。その高架下商店街と駅改札口とを結ぶ通りには踏切があり、電車が接近するとスタイリッシュな警報ランプが点灯する。

はて、ここは踏切道3種踏切か、それとも単に構内踏切かとちょっと悩む。

 そんなこんなで帰りの新幹線を待つ間の時間潰しをしていると、レトロ電車が入って来た。白熱灯の車内に入って市内を回ってみたいところだが、それはまたの機会にと帰京する。

(2022/10/15)

 

北陸6つの列車旅 ー番外編ー

 この旅の宿は金沢駅西口で2泊。ツアー出発時間が遅めだったので、朝食後に少し散歩。高架化されている北陸線に沿って行くと浅野川線七ツ屋駅がありました。

 新設されたかのような駅の佇まい。周辺も瀟洒な住宅が並んでいます。北鉄金沢駅の地下化前はゴチャゴチャした周辺だった気がします。調べてみると地下化に際して移設されているようです。

 東京の日比谷線の電車と対面。後ろにはサンダーバード?。雑多な小型車が居たあの頃とは隔世の感。

 少し歩いてみました。沿線は住宅がひしめいているのは承知していますが、時折ふとその隙間から電車が顔を出してくれました。

 歩きながら地図を見ると「安江」とか「諸江」の町名があり、どことなく金沢の風情を感じてしまいます。

 細い路地の先に小さな踏切。カメラを持って電車を待っていると、通りがかりの人から「何?写真か?」と訝る声を掛けられてしまいました。(観光客が居るはずも無い路地ですからね。)

(2022/10/14)



 

北陸6つの列車旅 ー6ー

【6本目 べるもんた】

 高岡駅では1時間弱の乗り継ぎで、いよいよ最終6本目の列車に乗り込みます。城端線ホームに降りると、濃いグリーンの塗装を施した「べるもんた」が入線して来ました。車両はキハ40の単行です。

 今回の乗車は高岡~城端間ですが、この「べるもんた」は氷見~高岡間でも運行されていますので、車内の座席も氷見線に合わせて海側は窓向きの席を並べ、山側は4人ボックス席がそのままとなっています。車内には井波の彫刻を施した細工が各所に見られ、ちょっとした豪華さを感じますが、4人ボックス席には食事用のテーブルもセットされているので窮屈感は否めませんでした。

 砺波平野独特の散居村の風景を楽しみながら、50分ほどの乗車で城端に着きました。途中、歴史ある駅舎や琺瑯製の駅名標なども見受けられましたので、機会をあらためて訪れたい城端線でした。

 城端に到着すると首都圏色のキハ40が待機しており、ツーショットとなりました。ホームには昔のままの琺瑯看板が迎えてくれていましたが、駅前に出てみると駅名看板が模様替えされており、丸ゴシック風のフォントの以前の看板は駅舎内に掲げられていました。

 朝、ホテルから氷見まで送ってくれたバスが城端に待機していてくれており、ここから富山駅まで乗車して東京への帰途に着きました。6つの列車旅完結です。

乗車記念証

(2022/10/15 この旅の番外編に続く)

北陸6つの列車旅 ー5ー

【5本目 氷見線

 この旅では2泊ともに金沢駅近くのホテルだったので、最終日も金沢から出発です。北陸道を東に向かい、高岡から氷見へと進みました。氷見の番屋に立ち寄ったあと氷見駅へ。

 構内にはこんな洒落た駅名標がありました。細かい事を言うとこれは線路と直角に立っており、この矢印の方向は出入り口となります。(細かっ!)

 上の写真の後方にはお役御免の腕木信号機が鎮座していました。梃子も一緒というのは嬉しいですね。

 11:49発の氷見線に乗車です。折り返しとなる首都圏色のキハ40系2連が入線して来ました。JR西の車両なので側面窓が更新されていますが、今や貴重な車両かもしれません。ツアーの謳い文句としては「風光明媚な氷見線乗車」として、雨晴海岸と雪を頂く立山連峰の写真が添えられるところですが、きょうは生憎の曇天でもあり優美な車窓を楽しむことは出来ませんでした。

冬の晴れ間にはこんな風景が見られるのでしょうね。一度は見てみたいものです。

 雨晴駅を出て直ぐの場所にはこの列車を見ようとする観光客。あの立山はまったく姿を見せてくれませんでした。

 

 海岸の車窓が消えた途端の越中国分や伏木と進むにつれて、学校帰りの高校生が大挙して乗車してきたので、思いっきりの通学列車風景となってしまいました。(恐らく彼らにしてみれば、普段なら座れるはずの席にツアーのジジババが沢山!と思ったことでしょうね。)

 高岡には30分ほどで到着。新幹線開通により北陸本線が3セク化されてしまい、氷見線城端線JR西日本飛地状態となっています。本線上には特急列車の姿もなくかつての活気が恋しい高岡の駅構内でした。

(2022/10/15 6本目へ続く)

北陸6つの列車旅 ー4ー

【4本目 花嫁のれん

 「のと里山里海号」で七尾に15:18に着き、16:36発の「花嫁のれん4号」に乗り継ぎます。1時間少しの時間があるので、駅近くの「花嫁のれん館」に行ってみることにしました。(見学がツアーのコースになっている訳ではなく、「行きたい人はどうぞ」というスタイルでした。いかにもこの旅を象徴しています。)

 展示されている艶やかなのれんに目を奪われ、気分も高ぶったところで「花嫁のれん号」に乗車です。(因みに花婿のれんというのもあるそうで、勉強になりました。)

 列車は和倉温泉発となっており、やがて入線して来ました。じっくり外観を眺めてから乗車、と行きたいところですが僅かな停車時間しかありませんので慌ただしく乗り込みます。

ゆったりとした車内レイアウト。別の号車はコンパートメントタイプです。

車端部の壁面は金屏風。

 車内外は加賀百万石を象徴するような加賀友禅のきらびやかな装飾が施されていますが、車両はキハ48の2連が種車となっています。つまり車内にいるとキハ40系のあの加減速時のエンジン音が響く訳です。目には豪華列車の内装が映りつつも、耳にはローカル線の通勤通学列車のエンジン音が響くという少々アンバランスな旅となりました。(それを気にするのはテツな自分だけでしょうがね(笑))

 車内では軽めの食事も提供され1時間20分ほどの乗車で金沢に到着。到着後は直ぐさまに改札口へ、とならないのがこのツアーで各自が車体の外観をゆっくり堪能したあとで改札口で解散し各々がホテルへ移動となりました。

派手だけれど嫌味は感じないデザインです。

派手な外装に目を奪われてしまいますが、「金トヤ」の昔ながら配置標記にほっとします。

 思えば穴水から七尾、そして金沢というこの旅は、高校の修学旅行(グループ行動)での「ふるさと列車おくのと号」乗車を思い出すものとなりました。(あの時は、珠洲から七尾まではC11が、七尾から金沢まではC58の牽引だったな~。金沢には17時半ころに着いて、宿への到着門限18時にギリギリだったなぁ。(と、遠い目))

 対向列車交換待ちの停車時間にスナップ。DC風に掲げた控えめなHMが能登の奥ゆかしさか? (1972/9/15 高松)

乗車記念カード

(2022/10/14 翌日の5本目へ続く)

北陸6つの列車旅 ー3ー

【3本目 のと里山里海号】

 この日は宿のある金沢から穴水までバス移動し、昼食後に14:15発の「のと里山里海4号」に乗車です。途中、唯一の観光見物とも言うべき千里浜ドライブウェーを走って行きました。

 穴水駅発車時刻の少し前に到着したので、駅やホームを散策して過ごします。乗車する列車は定期列車(単行)に里山号と里海号の2両を連結しての3両編成となりました。

0番線にはかつての急行「のと恋路号」NT800形が佇んでいましたが、少々痛々しい姿でした。 

 七尾までは1時間ほどの乗車ですが、能登湾に向かった席に座るとケーキとコーヒーの提供があり、アテンダントさんの案内放送が始まります。

 あれもこれもとお話したいネタがおありのようで(実際車窓も様々に変化して行きますが)、1時間という乗車時間内では少々慌ただしい感じが否めません。

穏やかな内湾と能登瓦が美しい車窓。

 能登中島駅では10分ほどの停車時間があり、例の郵便車の見学も出来ますが、特段の説明がある訳でもなく(そんな時間もありませんが)車内をサッと通り抜けるだけに終わってしまうのが残念なところ、同行の妻も跨線橋を上がって降りてまでして慌ただしく見学するほどのこともないと、車内に残っていました。

 車内には郵便物の区分函や押印台があり、区分函には模擬郵便物がセットされていたり、床には小包が入っていそうな郵袋が積まれていたりと、それらしい雰囲気が満ちているだけに勿体ない展示です。

今やオユ10形の姿を見られるのは、ここと東京・国立市の2ケ所のみ。

乗車記念のカード

(2022/10/14 4本目に続く)

 

北陸6つの列車旅 ー2ー

【2本目 えちぜん鉄道

 九頭竜湖駅前に先回りしていたバスに乗り込み、えちぜん鉄道勝山駅へと向かいました。アイボリーにあずき色の帯を締めた車体の京福電気鉄道には乗ったことがありますが、新会社になってからは初めての乗車です。

 勝山駅は1914年の開業とのこと、堂々とした風格を備えていますがこれでも2013年に改修工事がされているようです。

 駅舎隣にはデキ6形が佇んでいました。昔々、福井口の車庫で対面して以来のことで嬉しくなりました。

 入線している電車はどこか関西系私鉄の譲渡車かなと眺めていると、側面は両開きの3ツドア、ユニットサッシの窓です。車内に入ると座席上には座席番号のプレートがありいかにも国鉄風、扇風機のJNRを確認して合点がいきました。元国鉄飯田線の119系です。

 

 15:49発の定期列車を2両編成とし、後部1両をツアー貸切としてくれていました。先ほどの越美北線では単行DCへの混乗だったので対応の違いを感じました。途中、難読駅名の轟に停車。てっきり「とどろき」かと思ったら「どめき」なんですね。残念ながら駅名標をスナップ出来ませんでした。

 30分ヘッドのダイヤなので割と頻繁に列車交換があります。対向列車との待ち合わせで停車した駅は越前竹原。「竹原」と聞いて瞬間的に思い出したのは「信濃竹原」、何の脈絡もありませんがローカルな雰囲気がいい感じ。

 30分ほどの乗車で永平寺口に到着。えちぜん鉄道の乗車はここまでです。40年ほど前に福井からここまで乗って来たことを覚えています。右側に見える途切れた線路はかつての永平寺へのもの、乗った覚えがあります。

 

 駅前には勝山から回送されたバスが待ってくれています。ここまで来ても永平寺の観光をせず金沢の宿へと向かうというテツ旅。自分は満足ですが、他の参加者の皆さんはこんな旅をどう感じていらっしゃるのかお聞きしてみたいと思いつつ、バスは北陸道を金沢へと向かって行きました。

(2022/10/13 翌日の3本目へ続く)